今日の坂本

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平泉と「奥の細道」

盛岡での会議と視察を終え今日は大阪へ帰る日。飛行機は午後1時発。強行スケジュールでしたが、午前中だけでもと、電車で1時間以上かかる「平泉」へ。

というのも、ここは以前から一度訪れたいと思っていた地だったので…。以前というのは中学3年。国語で松尾芭蕉の「奥の細道」を習った時に、芭蕉が平泉を訪れる一節がありまして、その箇所が大変印象に残っていました。

6時43分に各駅停車で盛岡を出発。小雨の中、高校生が大半の2両しかない電車に揺られ東北本線を南へ~

「三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。まず高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり。衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。さても義臣すぐつて此城にこもり、巧妙一時の叢となる。「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、笠打敷て、時のうつるまで涙を落し侍りぬ。」

●夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡

●卯の花に兼房みゆる白毛かな  (曾良)

「兼て耳驚したる二堂開帳す。経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜雪に朽て、既頽廃空虚の叢と成べきを、四面新に囲て、甍を覆て風雨を凌。暫時千歳の記念とはなれり。」

●五月雨の降のこしてや光堂


<現代語訳>
 奥州藤原氏三代の栄光も、(夢の故事のように)はかなく消え、南大門の跡はここからすぐ一里の距離にある。藤原秀衡の館の跡は田野となり、その名残すら無い。ただ(秀衡が山頂に金の鶏を埋めて平泉の守りとしたという)金鶏山だけが形を残している。まず(義経の館のあった)高館に登ると、眼下には北上川が一望される。南部から流れる大河である。衣川は(秀衡の三男)和泉三郎のいた城跡をめぐって、高館の下で北上川と合流している。藤原泰衡のいた城跡は、衣が関を境として平泉と南部地方を分かち、蝦夷の攻撃を防いでいたのだと見える。 それにしても、義経の忠臣たちがこの高館にこもった、その巧名も一時のことで今は草むらとなっている。「国は滅びて跡形もなくなり、山河だけが昔のままの姿で流れている、繁栄していた都の名残もなく、春の草が青々と繁っている」…杜甫の『春望』を思い出し感慨にふけった。笠を脱ぎ地面に敷いて、時の過ぎるのを忘れて涙を落とした。

●奥州藤原氏や義経主従の功名も、今は一炊の夢と消え、夏草が茫々と繁っている。

●白い卯の花を見ていると、白髪を振り乱して戦った(義経の家臣)兼房の姿が浮かんでくるようだ

 かねてその評判をきいていた、中尊寺光堂と経堂の扉を開く。経堂には藤原氏三代の像、光堂にはその棺と、阿弥陀三尊像が安置してある。奥州藤原氏の所有していた宝物の数々は散りうせ、玉を散りばめた扉は風に吹きさらされボロボロに破れ、黄金の柱は霜や雪にさらされ朽ち果ててしまった。今は荒れ果てた草むらとなっていても無理は無いのだが、金色堂の四面に覆いをして、屋根を覆い風雨を防ぎ、永劫の時の中ではわずかな時間だがせめて千年くらいはその姿を保ってくれるだろう。

●全てを洗い流してしまう五月雨も、光堂だけはその気高さに遠慮して濡らさず残しているようである


宮沢賢治の故郷、花巻を通過して8時6分に平泉着。すると…雨が上がり虹が迎えてくれました。
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翌10月14日は「鉄道の日」だそうで、駅前にはJRがテントを出し、ポン菓子と綿菓子を無料で振舞っていました。
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この虹、よく見ると山の手前にあります。
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快晴になったのはいいですが、時間が早いため、まだバスが走っていない。昼前には花巻空港に向かうため出発しなければならず、時間もないのでレンタサイクルで出発。

「まず高館(たかだち)に登れば、北上川南部より流るる大河なり」
ということなので、芭蕉に倣って私もまず高館へ。ここは源義経、最期の地と言われています。

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芭蕉も見たであろう風景。北上川が南からゆっくりと流れています。
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お堂の中には義経が祭られていました。
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あの名句の石碑がありました。
「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」
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「秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す」の金鶏山。
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一晩で築かれたと言われる山。決して高くはないですが形のいい山です。

続いて自転車を走らせ、世界遺産そして国宝の宝庫「中尊寺」へ。
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杉林の参道を歩いていきます。
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登り口から800m歩いてよくやく金色堂へ。屋根から床まで全て金箔。内部には国宝の仏像が多数。あまりの美しさに、東北を攻め入った源頼朝の兵も破壊できなかったそうです。撮影不可でした。
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中尊寺内にあった芭蕉の像
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続いて自転車で10分ほど走り、こちらも世界遺産の「毛越寺(もうつうじ)」へ
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 2代目基衡が、現世における仏国浄土(極楽)を表現しようとして建てた寺ですが、ここの庭園がまさにそのような感じ。一昨日の講演で聴いていたのでよくわかりました。インドや中国にも極楽を表現した場所はありますが、それらは池の周りを四角に囲ったりした人工的な形であり、そこいくと日本のような自然の美を利用して極楽を表現したもの(宇治の平等院などもそうですが)は他国には例がないそうで、それが平泉が世界遺産になった1つの理由であるそうです。

平泉の秋。のんびりしている中に、どこかもの悲しい空気が流れています。
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11時過ぎに駅に帰り東北本線で花巻へ。短い時間でしたが世界遺産に触れることができてよかったです。
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平泉の世界遺産登録は昨年6月。東北地方で初。このニュースは被災地を大いに元気付けました。今後も国内外から多くの人が訪れることでしょう。
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  1. 2012/10/13(土) 00:35:57|
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